日本国有鉄道 労働運動史(別館)

国鉄で行われた生産性運動、通称マル生運動に関する関連資料をアップしていくブログです

生産性運動導入前夜、民間で先行した生産性運動

生産性運動は、昭和45年当時、民間では殆どの会社が参加していた
生産性運動の理念は、繰り返しになりますが、富の再配分であり、労働者からの搾取というものではないことは、すでに書きました。
そして、全繊同盟、新産別、全国自動車、鉄鋼労連など、春闘を今までリードしてきた組織も積極的に生産性運動に取り組むようになり、昭和45年時点で620万人達すると言われ、参加していないのは、官公労系を中心とした組合に限られるといった状況になっていました。
この頃から民間のストライキへ減少し、昭和30年代にみられた労働争議は、徐々に減っていきました。
まぁ、その中で国鉄と、郵政は派手な闘争、郵政省の場合は郵便に全逓組合員が多かったので、ブツ溜め闘争と呼ばれる順法闘争(区分の時間を遅らせる、配達の時間を遅らせて、超勤拒否による持ち帰りを繰り返して郵便物の配達を故意に遅らせる)と言ったことが行われていました。
特に年賀はがき前の繁忙期などにその闘争を行うことがあり、管理者が全員駆り出されて、慣れない手つきで区分したりする姿が見られたと言われています。
私が入局したころにはそこまできつい闘争はありませんでしたが、管理者に対する威圧的な行為はありました。

さて、再び生産性運動の話に戻りますが、最初に試験的に行われた研修は、「運転指導者研修カリキュラム」であり、生産性本部が直接行ったもので、下記のように非常に成果を上げることが出来ました。
そして、この成功を受けて、本格的に昭和45年から生産性運動の研修が始まることになりました。

大変大きな成果を上げた、最初の研修
生産性運動は、試験的に昭和44年11月19日22日の4日間で「運転指導者研修カリキュラム」が実施されました、この研修は1回40人ずつ、12月20日までに計5回開催され、延べ人数で197人が研修を受けたとされています。
この研修は、目をみはるものがあり、一種の興奮状態の中にあったと書かれています。
その辺を、再び「国鉄を売った官僚たち」から引用します。

◎現場で職員の指導上もやもやしていたものが、いっぺんに拂拭されたような気がする
不屈の闘志と根性が湧いてきた。
国鉄不沈艦意識について痛いところを徹底的につかれ、覚悟を新たにすることができた。
◎老齢の冷えた血も再び燃える思いです。二、三日の徹夜でも平気である。われわれは現場に帰って生産性向上のため、相互に連絡を取りながら教わった内容を実現したい。


賛成派もいれば反対派も・・・
そして、実際に、現場で積極的に生産性運動を批判する勢力も動き出したのでした。
当然、これに反論する動きも出てきて、動労静岡支部で生産性運動、反対の動きが起こりました。
「全国的に繰り広げている生産性運動=つまり合理化に協力する労働者つくり=を粉砕しよう」
「青年講座、中堅職員研修に反対しよう」

をスローガンに2月16日から20日にかけて職場集会が実施されたと記録されています。

最初に23の動力車区が選定された
昭和45年4月11日から全国23動力車区第1回生産研修が正式に開催されました。
区の体質改善を図るために、少なくともその区の10%の職員に同じ教育を受けさせる必要がある、いわゆる「職場ぐるみ教育」として全国220の動力車区のうち、評判の悪い区を集中的に行うとして23を選択したと、「国鉄を売った官僚たち」には書かれています。
再び、引用してみたいと思います。

 四月十一日から全国二十三動力車区第一回生産性研修が正式に開始された。なにしろ日本生産性本部には、三ヵ年で四千人程度の研修能力しかないということだった。四千人を全国二百二十の動力車区にバラまいたのでは効果はない。区の体質改善をはかるには、少なくともその区の一〇パーセントの職員に同じ教育を受けさせる必要があると考えたわけである。いわゆる「職場ぐるみ教育」をやらなければ教育の効果はないという考えから、二百二十の動力車区から二十三区を選んだわけである。
 二十三区の選び方であるが、とにかく全国でもっとも札つきの悪い区をまず教育することにした。そこで私は、管理局総務部長に直接電話してそれを選定した。

この研修も大きな成果を上げるようで、当初は批判的であった、参加者も研修最終日には、その趣旨をよく理解してくれていたと記されています。
なお、第1回の研修は区長が参加となっていますので、区長以下助役が参加していた事がわかります。

研修後の成果はどのようなものであったのかは、次回に書かせていただきます。


続く

 

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