日本国有鉄道 労働運動史(別館)

国鉄で行われた生産性運動、通称マル生運動に関する関連資料をアップしていくブログです

生産性運動導入から、中止まで 第二話

管理局への生産性運動の導入 生産性運動は、先にも記しましたように、昭和45年4月11日から始まるのですが、生産性運動の理念を理解した職員が現場に戻っても、肝心の管理局に生産性運動を理解していないと、元の木阿弥になってしまうことから、研修生の中か…

生産性運動導入から、中止まで 第一話

生産性運動が正式にスタートしたのは、昭和45年4月11日で、現場の意識改革と言うことで生産性本部の協力を得てスタートするのですが、概略を最初に述べさせていただきます。 生産性運動の開始から終焉までの概略 1) 生産性運動を行おうとした背景 そこには…

生産性運動導入前夜、民間で先行した生産性運動

生産性運動は、昭和45年当時、民間では殆どの会社が参加していた 生産性運動の理念は、繰り返しになりますが、富の再配分であり、労働者からの搾取というものではないことは、すでに書きました。 そして、全繊同盟、新産別、全国自動車、鉄鋼労連など、春闘…

マル生運動は何時から始まったのか?

生産性運動は、昭和45年3月国鉄本社内で議論され、3月24日に常務会で最終決定がなされ、3月25日に日本生産性本部に文書で3箇年計画書と共に送付されましたので、3月24日を国鉄生産性運動のスタートとみることが出来ます。 なお、生産性運動とい…

マル生運動が導入された背景は?

国鉄はどのような経緯でマル生運動を導入したのでしょうか。 マル生運動を理解するためには、何故マル生運動が必要になったのかと言うことで、昭和30年代までさかのぼる必要がありそうです。 国鉄の労使関係は、昭和40年だから一気に悪化したと言う印象を持…